幼児がかくれんぼをすると
自分の目を手で覆ったり
どこかに頭だけ突っ込んだりすることで
「隠れたつもり」になることがある。
人はその姿を見て幼さを笑うけれど
「自分に見えているものが相手にも見えている世界」であり
「自分が自分に見えなくなれば相手からも消えてしまえる」
というのは
なかなかスウィートな誤解だ。
わたしもいなくなれるかしらん。
ある日ふと
強い近視の矯正をやめてみた。
コンタクトレンズを通さない世界は
物という物の境界線はぼやけ
字という字はただの紙魚になり
光という光は
軽い乱視が作り出す派手なビームの触手を縦横に伸ばし
夜景は絢爛豪華になった。
そして
なんというかぜんたい的に
たいへん優しくなった。
とりわけ鏡で見る自分は
とても見やすくなった。
肌は少し滑らかになり、
二の腕は少しほっそりした。
自分をつぶさに見なければならない拷問から、
こんな簡単なことで解放されるとは思わなかった。
そうだ。
目を閉じればよい。
見なければ、生きていけるのだ。
幼い子のかくれんぼのようにわたしは
目を閉じることで出現した
自分のいない快適で安全な優しい世界
に生きている。
もうわたしはどこにもいない
見つからないよ
もうだれも
見つけにこなくていいよ。
Born to die/ Lana Del Rey
No comments:
Post a Comment