例えば明け方まだ夢の中にいるとき、なにかしなければいけないことがあって、起きた時も瞬間まだそのなにかを遂行しようとしている。そして、やや遅れて、それは「夢」という「別の世界」のことだった、と気づく。「現実」界ではなく「夢」界のことだから、放念してもいいのだ、と思う。
死ぬということも、そういうことかも、しれない。
夢の中とはいえ、懸命だった。計画し、実行し、気を配り、積み上げてきた。感じた。出会った。あの通じた気持ち。持ち物。決して忘れないと胸に刻んだ記憶。
それが、目覚めることによってすべて唐突に意味を失い、「なかったこと」に後退して一瞬に流れ去る。
「死んだ」瞬間、とおなじように。
それまでの進行のすべてが、行き場をなくし、手放してもいいものに変わってしまう。
虚しいことでもあるけれど、心配も、失敗も、背中まで迫っていた追手も、同様にすべてちゃらになる。足元がなくなるような、やぶれかぶれの安堵感。
そしてまた、夜がくると、わたしたちは懲りもせず別の人生に船出して、朝、あっさりとその世界を捨てる。
生から死に切り換わるのに一番似ているのは夢から目覚めること。
毎朝、わたしたちは死んでいるようなものだ。
Sha Zi Cai Bei Shang/Pu Shu
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